『ショパンコンクール優勝者を大館で聴くこと』 (2006/09/01掲載)

■特別なコンクール
世界中に数多あるピアノコンクールの中で最難関といえば、五年に一度のショパンコンクールに止めを刺すでしょう。年齢制限は十七歳から二十八歳まで、三回の予選と本選を勝ち抜いて栄光をつかむのは、演奏技術や音楽性はもとより、気力、体力および運の勝負でもあります。
同コンクールは一九二七年に創設され、大戦中の休止をはさんで十五回開催されたうち一位該当者のなかった二回を除いて、これまで十三名の優勝者がでています。ポリーニ、アルゲリッチ、ツィマーマンなど錚々たる名前が並ぶ中、その後の消息を聞くことのない人もいます。優勝者としての重圧に耐え切れずに表舞台から去った人たちの存在も、ある意味ショパンコンクールの特別さを象徴しているようです。

■ダン・タイ・ソン ショパン弾きからの脱皮
一九八〇年の第十回では、ボゴレリッチの予選落ちとアルゲリッチの審査員降板が話題の中心を占めた感もありますが、アジア人として初めてダン・タイ・ソンが優勝し、しかもベトナム戦争のさ中に少年時代を送ったという経歴が驚きをもって伝えられました。牛の背に乗せてピアノを疎開先に運んだとか、防空壕の中で紙の鍵盤で練習を重ねたなどのエピソードと共に。当時のソンのピアノ演奏は繊細さという言葉に象徴されるもので、「ショパンに愛されたピアニスト」の異名通りショパン演奏に抜群の相性を示していました。
それから早や四半世紀。一九五八年生まれのソンが四十代を迎える頃からその演奏は力強さと柄の大きさを加え、ショパン以外のレパートリーが海外で絶賛されているというニュースが伝えられるようになりました。今回大館で演奏されるチャイコフスキーとラフマニノフのオールロシアプログラムは中でも大絶賛を博したもので、ベトナム戦争終結後に留学した「青春の地ロシアへのオマージュ」という本人の言葉からもその愛着の程が察せられます。
ショパンコンクールの優勝者、入賞者はどこでもショパンの曲を演奏することが求められ、そのことによって疲弊していく傾向も一部に見られます。それをどのように乗り越えるかが長い演奏活動の中でそれぞれに突きつけられる課題ですが、ダン・タイ・ソンの場合、みずからの成熟、深化とレパートリーの拡大を両輪に大家への道を歩んでいるようです。

■文化会館事業の試金石
私たちは十月九日の『ダン・タイ・ソンピアノリサイタル』を、これからの大館市民文化会館の自主事業にとっての試金石と位置付けています。文化会館では、世界で活躍している演奏家の公演をこれからも続けて開催していきたいという願いを持っています。今回の公演が成功すれば、ショパンコンクールの他の優勝者、ユンディ・リやブレハッチなども開催したいと思います。ちなみに、S席五千円という料金は当館事業のリサイタルとしては安くありませんが、東京公演に比べると四千円もお得です。また、子どもたちに世界レベルの演奏を聴いてもらいたいということから、高校生以下の料金はS・A共二千円としました。文化会館事業においても経済効率が文化芸術的意義に優先する時代にあって、より豊かな芸術鑑賞環境をつくるため、皆さまの応援をお願いする次第です。ぜひご来場を。(陽)