『ひとりひとりのために』 (2006/05/19掲載)

五月十五日放映の日本テレビ「みのもんたのさしのみ」のゲストはヴァイオリニストの千住真理子さん。四年前に入手したストラディバリウスの銘器デュランティの音色も聴きものでしたが、天才少女と謳われた千住さんが二十歳の頃二年間にわたってヴァイオリンから離れたという話が心に残りました。

天才少女といえども人の子、人々の期待に沿い続けることは凡人の想像以上につらいことであるに違いありません。五嶋みどりさんにも同じように危機的な時期があったようですが、千住さんは二年間全くヴァイオリンに手を触れなかったといいます。そこからまた音楽に戻ったきっかけは、ホスピスでの体験でした。

ボランティアで行った病院での、満足には程遠い演奏に、しかし患者さんは感激してくれる。音楽の力を再認識するとともに、千住さんはボランティアといえども恥ずかしくない演奏をしようと、再びヴァイオリンに真正面から取り組みます。その時に思うことは、天才少女というレッテルを維持することではなく、ひとりの聴き手に満足できる演奏を聴いてもらいたいということでした。

大館市民文化会館でも、アウトリーチ活動として病院や学校などで演奏を聴いてもらうことがあります。病院のロビーなどは雑音も多い場所で、ピアノの状態も万全とは言い難いなど種々の悪条件はありますが、あるいはそういう場だからでしょうか、何物にもさえぎられることなく患者さんの心にまっすぐ音楽が届いていると思わせられることがたびたびありました。寝たきりの状態の人や難病と闘う人が音楽を聴いて涙を流して喜ぶ姿を見れば、公共の福祉というものに思いをいたさざるを得ません。

地域における芸術の意味は、何人入場したかとか収支がどうとかいうことではないとよく言われます。もちろんそれも事業として考える場合に無視できないことではありますが、文化芸術によってお客様ひとりひとりが喜びを感じ、大館で暮らすことに意味を感じるための一助になることが、その数を増やしていくことが文化会館の使命のひとつだと思います。

六月二十一日と七月十七日、ヴァイオリンの天満敦子さんとピアノの佐藤卓史さんのふたつのリサイタルが、お客様ひとりひとりの心にそれぞれの形で届くことを願い、また信じてお送りします。「佐藤卓史ピアノリサイタル」明日発売。 (陽)